本能寺

1415年 日隆聖人 建立
1592年 現在の地へ

 

法華宗本門流大本山
 
本尊 十界曼荼羅

 

 前身は、本応寺。1582年6月、明智光秀が織田信長を討った「本能寺の変」の舞台ともなった寺としても有名。本能寺の「能」の字は、火を避ける意味から、右側のつくりが「ヒがふたつ重なったもの」ではなく、「去」という独自の漢字を使っている(常用漢字ではなさそうなため、ここでは「能」の字を使用)。
 「本能寺の変」で焼失した後、豊臣秀吉によって現在の地に再建された。
 京都の中心部に位置する場所に建つ。本堂は立派で、境内には信長公廟がある。その墓の下には信長愛用の刀が納められているそうだ。
 そして、境内に建つちょっと近代的な建物は宝物館で、信長縁の品々が展示されており、興味深い。
 なにより惹かれたのは、「本能寺の変」の前夜、危険を知らせるかのごとく鳴きはじめたと伝えられている「三足の蛙の香炉」。その名の通り、足が三本しかなく、蛙というよりは大サンショウウオ的な外見。
 …可愛い…。しかも、背には「ち」(角のない龍のような幻獣)が乗っている。
 この香炉、レプリカ版や文鎮が売っていた。文鎮、欲しかったけれど、耐えた(笑)。まあ、代わりにポストカードはお買い上げ(笑)。
 その他にも、信長縁の茶碗や刀剣などこぢんまりながらも見ごたえのある展示だった。
 信長好きにはたまらんお寺だろう。